パターンおじさんの生涯
若いうちは感性が鋭い。
頭もはっきりしていて状況判断も上手だ。
臨機応変な対応もできる。新しいものに順応もできる。今までの見方をガラッと変えることもできる。
でもその鋭い認知は、いくつになっても維持されるものではない。
もちろん例外はある。
金さん銀さんだって割と晩年まで頭はハッキリしていた。
そういう血統に生まれたか、天に愛されているか、よくよく養生していたか。
とにかくそういうGiftをもらえる可能性はある。あくまで可能性の話だ。
大抵の場合は鋭さを失って、パターンにハマりこんでいく。
その恐ろしい現実を頭の片隅に置いて歳を重ねた方が良い。
今日はそんな話。
祖父の話を書く。
祖父は、80いくつの晩年まで、かなり頭ははっきりしていた方ではある。
今思うと、頭がはっきりしていたのか、それとも「頭がはっきりしているパターン」を再現するのが上手だったのかよくわからない。
祖父は社交的な方で、スピーチをしたり、人と食事に行くのが好きだった。
孫としちゃとてもありがたいパターンで、おかげさまで飯屋によく連れて行ってもらった。
飯は肉を好む。戦後アメリカに留学して肉が好きになったらしい。
そして彼は経済学者なので、値段は効用を反映していると信じて疑わない。だからメニューを開くと「肉」かつ「一番高いもの」を選ぶ。このパターンがブレることはない。
そして飯を食べたらそれがなんであれ「うまい!」という。まあだいたいつも店で一番高い肉を食ってるのでうまいのは経済学者的に言って間違いじゃない。
「うまい!」という言葉を発するのには自分の気持ちの表明以外にも効用がある。
飯を作った祖母が喜ぶ。
レストランなら給仕が喜ぶ。
ひょっとしたらシェフも聞き耳を立てているかもしれない。
おそらく彼が若い頃に学んだパターンだろう。だから食事の時には必ず「うまい!」と言うのだが、晩年になってこの言葉を発するタイミングがズレてきた。
本来食べてから「うまい!」というのだが、食べる前に「うまい!」といってしまうのだ。味覚に対する反応ではなく、タイミングよく発している社交辞令であることがばれてしまった。
「食べてから言いなさいよ!」
そう言って祖母は怒った。
食事が終わるとおもむろに財布を取り出す。
得意げな顔をする。
だいたいこのあとのセリフは決まっている。
"It's my treat"
または
"Be my guest"
のどちらかだ。
要するに飯を奢るぞ(ニヤリとそういうわけだが、本当にいつも決まったセリフをいうのだ。
人間は一体いくつまで学び続けられるのだろう。
そしていくつまでなら自分をアップデートできるのだろう。
それが何歳かはわからないが、ある日ある時新しく学ぶことはできなくなって、それまで積み重ねてきた自分の行動のパターンだけが残るのかもしれない。
そしてそれは老いてみないと分からないし、パターン化してしまえばもはや、老いた本人には分からないかもしれないのだ。
老いてなお笑っていたければ、今のうちに笑うパターンを刻むしかない。
太く短く生きるんだという人は、今この瞬間を気ままに生きればいいかもしれないが、少し考えてほしい。
もし長生きしてしまったらどうする。
現代社会で長生きする確率は決して低くはない。
そしてそれは、かなりの人が老いと向き合わなくてはならないことを意味する。
老いとは、臨機応変な対応ができなくなり、過去を反芻するようになることだとしたら、これは哲学的な問いではなく、現実的な問いだ。
今からでも遅くないから良いパターンを積め。来世の功徳のためではない、数十年後の自分のためにだ。
ちなみに祖父にとって最後の数ヶ月の話だが、彼の意志がはっきりしているうちにと、危篤に陥った場合の延命措置の意思確認をした。
意識が低下してもなお、自分の生命が継続することを望むかどうかを紙切れにサインする実に残酷な選択だ。
彼は経済学者だった。
意識がなくなれば延命措置を打ち切るという残酷な文面を前にした彼は、たった一言呟いた。
「リーズナブルだね」
そして彼は今まで幾度も繰り返してきたパターン通りに署名をしたためた。