めふぁにっき

すべての独身が自由に楽しく生きられる世界のために

革表紙

駅前にある大型書店で手帳を選んでいた。

数年単位で手帳を使っていると、それなりに自分なりの使い方やルールができてくる。

自分の手帳は自分以外見ないものだし、誰かに共有するものでもない。

日曜始まり、バーティカル、カレンダー形式、分刻み…日常で使いこなすほどに、手帳に染み付いたじぶんルールは凝り固まっていく。

1月始まりで、メーカーも型番も決まっている俺は表紙の色とデザインくらいしか悩むポイントがない。


たかが表紙の色なのだが、妙に悩んでしまう。

別に持ち物の色合いを気にするほど洒落た人間ではないはずなのだが、1年間変えられないとなると妙に優柔不断になる。平積みになった手帳コーナーの前で10分が経過しようとしていた。


「まだ決まらないの?先にレジ行ってるよ?」

ふいに後ろから長谷川先輩が声をかけてきた。


「やー、表紙で悩んじゃってですね。」

「さくっと決めればいいじゃん。こんなの何選んだって変わんないってあとからわかるよ。」


サークルの忘年会の集合時間より1時間早く来てみたら先輩がうろついていた。

早く来すぎちゃったよ、寒いしさ、ちょっと書店で時間潰そうよと言われるままについていった。

入口付近は寒いが、さすがに大型の書店は暖房に金をかけていて暖かい。


「そういえば今年の手帳買ってなかったね!」

先輩は手帳の平積コーナーに着いて2秒で目についた手帳をカゴに入れた。

そのまま先輩は専攻する社会学の洋書棚に直行した。

洋書を3冊くらい抱えて戻ってきた先輩は、まだ手帳一冊決められない後輩の姿を見て半分呆れていた。


「なんか、先輩は悩みどころとかないんですか、結構手帳って中身の形式とか、デザインとかで使い勝手変わるじゃないですか。それを1年使うんですよ?なんかもう少し悩みませんか。」

ベージュと紺の革表紙を右手と左手に持って、うーんと唸りながら先輩に訊いてみる。


「正直、毎年さくっと決めちゃうから、使い始めてみて使い勝手違うなってなることあるよ。でも、たかだか1年くらいの付き合いなんだから別によくない?って思っちゃうな、私は。」

なるほど、と言って俺はまた迷う作業に戻る。

長谷川先輩、さすがです。

手帳と彼氏を同時に変えるとサークルで呼ばれている女だけあって、意志決定が大胆です。


「いやーさすがだね」

いきなり人の心を読んだかのように先輩がボソっとつぶやく。

「なにがですか」

「今年の夏合宿、同期女子3人くらいからフラグ建てられてたのに、秋を過ぎても誰とも付き合ってない男は手帳を選ぶのも優柔不断なんだなーって」

うるせえ。

「うるさいですよ。」

タメ口をこらえた俺を誰か褒めてほしい。

「しかも中身は同じようなのを表紙の色だけで悩むとこまで一緒なんだね。面食い〜。」

「うるせえ」

「あー、いいのかなそんな口利いて。銀杏伝説って知ってる?いちょうが散るまで恋人いなかったら4年間そのままらしいよ?」

「我が校のシンボルは常緑針葉樹ですんで。散ることがありませんから。」

「いつまでも青いままってか。」


あまりにうるさいので思い切って紺色の革表紙を選んだ。


翌年、新年早々に部室で手帳を取り違えた。

長谷川先輩が2秒で選んだ手帳と、俺が10分かかって選んだ手帳はまったく同じデザインだったのだ。

ついでにいうと、たまたま開いた手帳の書き込みで、先輩が年の瀬に習慣通り彼氏を変えたことも知ってしまった。