ひねくれあじさい
「絵はこころをあらわします。みなさん、ポエムを書いて、絵をつけてみましょう。」
中学校の教室。
担任の教師がクラスに向かってポエム大会の開催を宣言した。
50に入ったばかりのおばちゃん先生は、豊かな表現の重要性を生徒に説くと、大きめの短冊のようなものを教室の前の方から配った。
めいめい、大きめの短冊に詩のようなものを書いていく。
その様子を満足気に見届けると、担任は15分時間をとりましょうといって教室を出ていった。しばらくすると生徒たちは教室のそこかしこで雑談を始めた。
線を引き終え、色塗りに入ったらしい女子たちは色ペンの交換をしていた。
えー俺なにかいていいかわかんねえ!とやんちゃなやつが短冊とペンを机の上に放り出し、頭の後ろで腕組みし始めた。
高畠くんはというと、鉛筆を回しながら何を描こうか思案していた。
窓の外を見ると、梅雨の中、紫陽花が咲いていた。青よりの紫だった。
そうして、紫陽花を描くことに決めた。
ついでにもう一つ思いついたので、真後ろの席のカズちゃんに提案を持ちかけた。
「なあ、俺の作品と、カズちゃんの作品、入れ替えようぜ」
「別にいいけど…」
カズちゃんは教室でこそ大人しいが、人が提案したイタズラには乗るタイプだった。
高畠くんがポエムを考えて、紫陽花の絵は自分で描いた。
そしてポエムはカズちゃんがボールペンで丁寧に清書した。
最後にカズちゃんが自分の名前を端に入れたので、それはカズちゃんの作品になった。
同じように、カズちゃんの考えた作品を高畠くんが清書した。
高畠くんの字は汚くて、カズちゃんはポエムにやる気がなかったので、合わさってなかなか味のある作品になった。
こうして、高畠くんとカズちゃんは作品を交換したのだった。
みんなが描いた絵は、教室の後ろに貼り出されることになった。
ひとつひとつの絵を担任が淡々と批評していく。
一巡した結果、担任は”カズちゃんの描いた紫陽花”がいたく気に入ったらしかった。
高畠くんとしてもこの紫陽花は自信作だった。
弁の一枚一枚を、2Bの鉛筆で筆圧高めに描いたもので、短冊からはみ出るばかりに描かれている。
「カズにこんな才能があるなんてな!」
担任の絶賛は止まることがない。
だが、今担任が褒めているのは”カズちゃんの作品”であって高畠くんの作品ではない。
すこしむず痒いような気持ちを抑えながら、高畠くんは平静を装った。
一方のカズちゃんも、なんだか困惑したような顔をしていた。
カズちゃんは、気弱でおとなしい子だと思われているので、これは照れている顔だろうとお思った担任はさらに賛嘆を続けた。
カズちゃんの顔は、次に担任が”高畠くんの作品”をこき下ろし始めた時、さらに困惑の色を強めた顔になっていった。
「高畠はまったくこころがこもっていない」
担任は高畠くんを、勉強ばかりしてきたので、頭はいいが情操教育が欠如したかわいそうな子供だと決めてかかっている。
実際そんなに高畠くんの頭はよくないのだが、おばちゃん先生の頭の中では4月の時点でそういうことになったので、この思い込みが解けることはない。
当の高畠くんは、”高畠くんの作品”を担任がこき下ろしているのが滑稽で、おかしくって仕方がなかったが、今こき下ろされている作品は本当はカズちゃん作なので、半分申し訳ないような気もあって複雑な気持ちだった。
以来、担任の中でカズちゃんは「意外にいい絵を描く内気な男の子」ということになった。
おそらく担任は通信簿の中でもカズちゃんの絵を褒めただろう。
カズちゃんの両親が困惑したかどうかは正直知らない。
ポエムの提出課題があるたびに、高畠くんとカズちゃんはポエムを交換した。
最初、こんなこともう止そうよとカズちゃんが言い出さないか不安だったが、カズちゃんもこの状況が面白くなってしまったらしく、担任がポエム大会に飽きるまでこのゴーストライター活動は続いた。
”カズ画伯”の描くポエムは毎度絶好調で、担任は毎回褒めていた。
ある時、担任はふたりの作品を並べて、
「もう、高畠は少しはカズを見習えよ」
などと言ってきたので、高畠くんはとうとう堪えられず担任の目の前で吹き出してしまった。
担任は、どうしようもない高畠がまたヘラヘラしていることには苛立っていたが、その横のカズまで笑いを堪えていたのがなぜかは、とうとうわからずじまいだった。